作品情報
制作年 | 2023年 |
制作国 | アメリカ |
監督 | ペイトン・リード |
出演 | ポール・ラッド エヴァンジェリン・リリー マイケル・ダグラス ミシェル・ファイファー |
上映時間 | 125分 |
あらすじ
最小&最強のアベンジャーズ、アントマンは、<量子世界>に導く装置を生み出した娘キャシー達とともに、 ミクロより小さな世界へ引きずり込まれてしまう。そこで待ち受けていたのは、過去、現在、未来すべての時を操る能力を持つ、 マーベル史上最凶の敵、征服者カーン。彼がこの世界から解き放たれたら、全人類に恐るべき危機が迫る…。
引用元:公式サイト
マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)最新作です。
劇場用長編としては31本目であり、本作でMCUフェーズ5の第一作目とのこと。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)が終わり、フェーズ4では新世代キャラクターの紹介やマルチバースに関する説明など、ひたすら前振りや準備に終始していた印象があります。
そんなフェーズ4から新フェーズへの切り替わりという位置付けの本作。その位置付け通り、前フェーズの特に『ロキ』(2021)というドラマシリーズで語られた征服者カーンが満を持して登場し、いよいよマルチバースサーガの始まりを見せてくれました。
フェーズ5の一作目らしい前振りをしてくれるのは良いが、一本の映画としては物語があまりに面白みに欠けていたのではないでしょうか。なので今回は、本作が一本の映画としてクオリティに問題がないか考えていきたいと思います。
どこかで見たような量子世界
『アベンジャーズ/エンドゲーム』時から俳優が替わったおかげで「お前誰やねん」なキャシーが、自分の力を示したい、弱きを助けたい一心でハンク・ピム博士と協力し、量子世界と接触を図るデバイスを発明。量子世界へシグナルを送ると突如ポータルが開き、親子三代もろとも量子世界へ引きずり込まれてしまいます。
量子世界へ吸い込まれていく過程は、もちろんトリップシーンとして鮮やかに構築されてはいますが、特に量子感はなく(量子感を定義するのは困難だが)、『ドクター・ストレンジ』シリーズで度々行われてきたトリップやマルチバース間移動シーンとの差があまり分からないのはまず一つがっかりでしょう。
がっかりなうえに、ただでさえ設定がわけ分からなくなっているマーベル作品において、余計なややこしさにも繋がっていると思います。
量子世界は宇宙空間ともマルチバースともタイムトラベルとも別物なので、量子世界への移動シーンがその他の世界における移動シーンと変わらずに見えてしまうのは、望ましいことではないでしょう。
ただ、そんなことは量子世界の造形に比べればどうでもいいことでしょう。
この量子世界、既視感に満ち溢れています。
全体的には『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズの惑星と言われればそうとしか思えない造形であるし、コスチュームを着た地球の部族っぽい人間たちもたくさんいるのでさらに戸惑います。
完全にタスケンレイダーっぽい人たち、身長高めなジャワスっぽい人たちがいることでどうしても『スター・ウォーズ』を思い出すし、SF世界で言葉の通じない部族に捕まって得体のしれないものを飲み食いさせられるというのも『スター・ウォーズ』や『フラッシュゴードン』などを思い出してしまいます。
目新しいものといえば、生きている家や拷問大好き頭ビームマンくらいでしょうか。(なのに頭ビームマンはあっさり死んでしまった。)
というわけで、量子世界が特にワクワクしないのは大きな引っ掛かりポイントとなってしまいました。
戦犯ジャネット・ヴァン・ダイン
今回の物語で起きる事件は、ほとんどジャネットのせいと言って差し支えありません。
そのこと自体は問題ありません。スター・ロードことピーター・クィルさんも『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)でサノスを殴ってしまったせいで、インフィニティ・ガントレット奪還を失敗させています。
問題は、ジャネットが事情を白状するまでの引き延ばし方があまりに雑なことです。
量子世界に吸い込まれる前は、「皆に話さないといけないことが」と自ら喋り出しておきながら、量子世界に入ってからは、「今話している暇はない」の一点張り。しかもそうしたセリフを切羽詰まっているようには見えない移動中などに言っているので、「今話せるだろ」としか思えないのです。
「あいつは知り合いだから」の一言で済むのに、わざわざ黙ってタスケンレイダーそっくりの彼に近づいて格闘してみたり、ジャネットの隠蔽体質は非常にノイズでした。
登場する意味の全くないビル・マーレイ
ジャネットは助けを求めてビル・マーレイ演じるクライラー卿と再会しますが、このくだりは丸ごと不必要です。
まず、ここでもジャネットに苦言を呈させてもらっておくと、やむを得なかったとはいえ、彼らを残して逃げるように消えてしまった自分の行動に責任を感じているのであれば、クライラーに会えば助けてくれると考えるのは楽観的過ぎやしないでしょうか。
ジャネットが事情を一向に話してくれないので、この時ジャネットは薄々ああなることを覚悟していたに違いないと想像することも可能ですが、なのであれば、事態に備えられるようになおさらハンクやホープに事情を説明しておくべきです。
なのに一切事情や情報を共有せず、「とりあえずいいから私についてこい」的な態度でいたあたり、ジャネットは何事もなくクライラーの協力を得られると考えていたように思えてしまいます。
次に、あのシークエンスによってもたらされた結果は、結局のところ移動手段を手に入れただけです。彼もジャネットとは彼女に裏切られた形で別れたに違いないはずなのに、やたら親切なタスケンレイダー風の男と会ったくだりと同じです。
100歩譲ってそこまでは良しとします。ただし、ビル・マーレイは看過できないほど余計なことをして退場しました。
それは、ハンクとホープに対する不倫関係の暴露です。ここで観客は特に笑えないし、ここに関してはジャネットが気の毒だし、何よりハンクとホープがかわいそうです。今回の物語を語るうえで一切必要のない要素であるし、誰一人得をしないシーンです。いえ、一人いました。これで出演料をもらっているビル・マーレイだけしか得をしていないシーンです。
多すぎて捌ききれないキャラたち、そして犠牲になるホープ
本作はテーマでもある「小さなものたち」がたくさん登場しますが、その多くが捌ききれずに存在感が薄くなっています。
テレパス能力というかなりのチート能力を持っていたクアズは、スコットの漫才要因にしかなっておらず、終盤で暗証番号を読むという割とどうでもいいシーンで思い出したように登場するのみでした。
頭ビームマンはビジュアル的に目立ってはいたものの登場シーン以降は思ったより強くなく、カーンの強さを見せつけるためにあっさり死にました。
量子世界に住む反乱勢力で一番長い時間登場していたのがジェントラという女戦士でした。
彼女は量子世界住人としては一番活躍しており、キャシーと行動を共にする中で、キャシーがジェントラに一種憧れの眼差しを向けている様子が描かれていました。
しかしその割には、後半から終盤にかけて彼女たちの友情のようなものはあまり描かれないまま別れてしまいました。
もう一人量子世界の重要キャラといえばモードックでしょう。
彼は量子世界の住人としては最もドラマを見せてくれたキャラクターだと思います。特に終盤のキャシーとのやり取り、そこからの彼の改心については、なんなら本作一番の感動ポイントだったのではないでしょうか。
また、あれだけ荒唐無稽なデザインであり、MCU史上もっとも馬鹿げた造形のキャラクターを真面目に出してしまったという点は大いに評価すべきでしょう。ただ一点、モードックに関して残念なのは、結構ちゃんと感動できたはずのモードック最期のシーンを、ギャグにしてしまった点です。
せっかくモードックというキャラクターを真面目に実写化して見せたのだから、最後まで貫いてほしかったと思います。彼の最期を「勘違いしててキモっ」で片づけてしまうのは、せっかくキャシーとのやり取りで感情移入させてくれた気持ちが台無しです。
ただ、そんな量子世界の住人たちよりも残念だったのが何を隠そうホープさんです。
この映画において彼女だけにしか担えない、彼女だからこそ意味のある役割というのが全くありませんでした。前半ではジャネットとハンクに同行しているだけ、後半以降はスコットやキャシーのお助けキャラとしか機能していませんでした。
本作でホープが果たした役割は基本的にキャシーあたりで代替可能です。
「小さなものたちを無視しない」というテーマのもと多くのキャラを出してみたはいいものの、何名かは残念な描かれ方になってしまったうえ、一応これまで主役ポジだったホープさんが一番割を食う結果となってしまいました。
謎多き男、征服者カーン
さて、本作のヴィランである征服者カーンについてです。
本作で描かれたカーンを見ていて一番感じたことは、「彼には何ができて何ができないのかわからない」ということです。
具体的に言えば、序盤は謎パワーによって一切触れずともスコットやキャシーを意のままに操れたのに、終盤ではただの殴り合いになってしまったり。
両手から出る謎ビームによって量子世界の住人を一瞬で消し去るので、正直あんな軍隊なんか作らなくてもあんた一人で何とかなりそうやん、と思いきやそのビームは結構出し惜しみしていて、巨人スコットに対して全軍出撃を命じて全然効果がなかったり。
その謎ビームもアリたちにはなぜか打たず、アリに対してはバリアを張るだけで防戦一方になってみたり。
31世紀から来ていて超絶科学力があると言われていながら、マルチバースエンジンは自力で直すことができず、ジャネットに頼らざるを得なかったり。
こうした本作での出来事だけ見ると、強いようには全く見えず、少なくともサノスの後任を担えるとは到底思えません。
でも彼はこのマルチバース・サーガにおけるラスボスになる予定と思われます。
肯定的に捉えれば、現在はまだフェーズ5のオープニングなので、彼の「底」が見えてしまわないように、あえてそう描いているのかもしれません。
しかし、劇中で「カーン評議会で危険視されたため量子世界へ追放された」「幾多の時間軸を滅ぼしてきた」「別の時間軸ではアベンジャーズメンバーも殺した」等々、武勇伝だけは聞かされるので、本作が意図してカーンを弱く見せようとミスリードしているともあまり思えません。
本作のヴィランであるカーンについて、強さや脅威レベルがいまいち測りかねるというのは、本作を鑑賞するうえで致命的なノイズになっていると思います。
おわりに
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では大いにテンションが上がり、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』まではそれなりにワクワクしながら鑑賞することができたのですが、『ミズ・マーベル』や『シーハルク』といったなんだか微妙なドラマシリーズ(『ロキ』や『ムーンナイト』は嫌いじゃなかった)や、いろいろ納得いかない『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』、そして本作。
前振りや「今後への期待」頼りで映画単体としての面白さが欠如した直近のMCU作品を観て、ついに「MCUは配信で追いかければいいか」と思ってしまった自分がいます。
MCUは今後ドラマを中心に作品の公開ペースを落とすそうですし、MCUから卒業するなら今ぐらいがちょうどいいタイミングなのかもしれません。
今までありがとう、MCU。元気でな。
おわり
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